院長の中沼 寛明(なかぬま ひろあき/M.D., Ph.D.)です。
前回(第1回)は、睡眠が「電源を切った空白の時間」ではなく、体が能動的に働く時間でもあると考えられている、というお話から始めました。今回はいよいよ、その働きの舞台となる一晩の眠りが、どんな段階でできているのかをご一緒に見ていきます。ここで整える「深い眠り」「レム睡眠」といった言葉は、この先の連載でくり返し使っていく共通の道具になります。専門的な用語も少し登場しますが、暗記していただく必要はありません。「眠りには種類があり、一晩のなかで移り変わっていく」——まずはその全体像をつかんでいただければ十分です。
眠りは「一種類」ではありません
多くの方は、眠りを「浅いか、深いか」という一本の物差しでイメージしておられるかもしれません。眠り始めは浅く、時間が経つほど深くなり、朝に向かってまた浅くなって目が覚める。直感的には自然な絵ですが、睡眠を調べる研究の分野では、もう少し立体的な捉え方がされています。
眠りは大きく、性質の異なる二つのタイプに分けて考えられています。一つがノンレム睡眠、もう一つがレム睡眠です。「レム(REM)」とは Rapid Eye Movement、つまり「急速眼球運動」の頭文字で、眠っているのに眼球がすばやく動く時間帯があることから、この名前がつけられました。ノンレムはその逆、「急速眼球運動を伴わない睡眠」という意味です。ごく大まかに言えば、ノンレム睡眠は「体をしっかり休め、脳の活動が落ち着く眠り」、レム睡眠は「体は深く休んでいるのに、脳は比較的活発に働いている眠り」と説明されることが多い段階です。私たちが見る夢の多くは、このレム睡眠の時間帯と関わりが深いと考えられています。ただし、レム以外の時間帯にまったく夢を見ないというわけではなく、この点はまだ研究の続いている領域です。ここで押さえていただきたいのは、性質の違う二種類の眠りが、一晩のなかで交互に現れる、という一点です。
ノンレム睡眠にも「浅い」から「深い」まである
さらに、ノンレム睡眠は一枚岩ではありません。睡眠を専門的に評価する際には、脳波などの記録をもとに、ノンレム睡眠を浅いものから深いものへと段階に分けて扱う枠組みが用いられています。一般には、うとうとと入眠していく最も浅い段階から、少し眠りが安定した段階、そして最も深い段階へと、連続的に深まっていくイメージで捉えるとわかりやすいと思います。この最も深い段階が、いわゆる深いノンレム睡眠(深睡眠)と呼ばれるものです。
深いノンレム睡眠のときには、脳波がゆっくりとした大きな波を描くことが知られており、「徐波睡眠」と呼ばれることもあります。この段階では、多少の物音では目が覚めにくく、無理に起こされるとしばらく頭がぼんやりする——そんな経験に心当たりのある方もいらっしゃるでしょう。これらの「浅い・深い」の呼び名や区分は、あくまで専門的な観察を一般向けにやさしく整理したものです。ご自身の眠りが今どの段階かを、家庭で正確に知る必要はありません。大切なのは、ノンレム睡眠のなかにもグラデーションがあり、深さが移り変わっていく、というイメージを持っていただくことです。
一晩は「約90分」のまとまりでできている
眠りにつくと、私たちはまず浅いノンレム睡眠から入り、だんだんと深いノンレム睡眠へ下りていきます。そしてしばらくすると再び浅い方へ戻り、そこでレム睡眠が現れる。この「ノンレムからレムへ」という一連の流れが、ひとまとまりの周期をつくります。この周期は、個人差はあるものの、おおよそ90分前後を目安とすることが多いと説明されています。ただしこの長さは一晩のなかでも一定ではなく、あくまで平均的な目安とお考えください。
一晩眠るあいだに、私たちはこの周期をおよそ4回から6回ほどくり返すと考えられています。眠りは、朝までひとつづきの平らな谷ではなく、ゆるやかな波が何度も寄せては返す海のような構造をしている、と言い換えてもよいかもしれません。
眠りの設計図 ― 前半と後半で「表情」が変わる
一般に、眠りの前半(寝入ってから最初の数時間)には、深いノンレム睡眠がまとまって多く現れる傾向があるとされています。一日活動した体を、まず優先的に深く休ませているかのような配置です。そして夜が更けて後半に近づくほど、深いノンレム睡眠は減り、代わりにレム睡眠の割合が増えていく傾向が知られています。明け方、夢をはっきり覚えていることが多いのは、この時間帯にレム睡眠が長く現れやすいことと関わっていると考えられています。
就寝時刻が大きく乱れたり、睡眠時間が極端に削られたりすると、前半に多いはずの深い眠りや、後半に多いはずのレム睡眠のバランスが変わる可能性が指摘されています。「同じ合計時間でも、いつ・どのように眠るかで中身が変わりうる」——第1回でお伝えした「量だけでなく質やタイミングも大切」という話は、この一晩の構造とつながっています。
なお、ここで描いた設計図は、健康な成人の平均像をならしたひとつのモデルです。眠りの構造には大きな個人差があり、また年齢によっても移り変わっていきます。ご自身の一晩がこの通りでないからといって、それだけで何かの異常を意味するわけではありません。
それぞれの段階は、何をしていると考えられているのか
深いノンレム睡眠については、体の回復に関わる働きとの関連が語られることが多い段階です。また、その日に経験したことを記憶として整えていく過程に、この深い眠りが関わっているのではないか、という考え方も示されています。一方のレム睡眠については、記憶や感情の整理と関わるのではないか、といった仮説が研究されていますが、その正確な役割については今も議論が続いています。
性質の違う眠りがそれぞれ別の役割を担い、一晩のなかで分業しているのではないか、というのが大きな見取り図です。だからこそ、どれか一つの段階だけがあればよい、というものではなく、全体の流れがひとそろい保たれること自体に意味があると考えられています。なお前回少し触れた、睡眠中に脳が老廃物を片づけるという話題については、主に動物実験を中心に検討されている発展途上の領域で、ヒトでどこまで当てはまるかはまだ研究の途上にあります。
「夜中に目が覚める」ことを、こわがりすぎないで
眠りが波のような構造をしている以上、一晩のなかで眠りが浅くなる瞬間は、もともと何度も訪れるということです。周期の変わり目などに、ごく短く目が覚めたり、寝返りを打ったりすること自体は、多くの人に見られる自然な現象と考えられています。その多くは記憶にすら残りません。
ですから、「夜中にふと目が覚めた」こと一つひとつを、ただちに不健康のサインと受け取る必要はありません。むしろ「目が覚めてはいけない」と強く身構えるほど、かえって眠りへの緊張が高まってしまうことがあります。
そのうえで、夜中に何度も目が覚めてそのまま眠れない状態が長く続く、朝の回復感が乏しい日が積み重なる、日中の強い眠気が生活に影響している——こうした慢性的な困りごとが続く場合には、背景に医学的に対処できる問題が隠れていることもあります。これらは連載の中盤、睡眠の問題を扱う回で、脅すためではなく正しく知るために、順を追ってご紹介していきます。今回はまず、「眠りには自然な浅い時間も組み込まれている」という設計そのものを知っていただければ十分です。
今回のまとめと、次回について
一晩の眠りは、ノンレムとレムという性質の違う眠りが、約90分ほどのまとまりをつくりながら、一晩に4〜6回くり返される。そして前半には深いノンレム睡眠が多く、後半にはレム睡眠が増えていく。この移り変わりこそが、私たちの「眠りの設計図」です。ここで整えた言葉は、これからの連載でくり返し登場します。
次回の第3回では、この設計図が生涯を通じてどう移り変わっていくのか——赤ちゃんの眠りと高齢期の眠りの違い、「年齢とともに眠りが変わる」のはどこまでが自然なことなのか——を、加齢や個人差という視点からご一緒に見ていきます。
読み方について ― 診断ではなく、ともに学ぶために
本記事は、風の環クリニックによる一般的な健康啓発を目的としたものです。個々の症状を診断したり、特定の治療や商品を推奨したりするものではありません。文中で触れた眠りの段階や役割には、「そう考えられている」「そう報告されている」という段階の知見も多く含まれ、断定を避けて記しています。
読み進める中で「自分の眠りはこの通りではないかもしれない」と感じられても、それだけで自己診断へ急がないでください。眠りの構造には大きな個人差があります。夜中に何度も目が覚める状態が続いてつらい、日中の眠気が生活に影響している、ご家族の眠り方が気になる——そうした具体的なお困りごとについては、かかりつけの医療機関や睡眠を専門とする医療機関にご相談ください。当院でも、必要に応じてご相談をお受けしています。
大切なお知らせ
本記事は一般的な健康情報の提供を目的としたものであり、診断・治療に代わるものではありません。症状や体調についてのご心配がある場合は、医療機関にご相談ください。ご相談は診療内容・オンライン予約(melmo)から。
参考文献
- American Academy of Sleep Medicine. The AASM Manual for the Scoring of Sleep and Associated Events(学会マニュアル・最新版)
- Carskadon MA, Dement WC. Normal Human Sleep: An Overview. In: Principles and Practice of Sleep Medicine(教科書・章)
- Rasch B, Born J. About Sleep's Role in Memory. Physiological Reviews. 2013. doi:10.1152/physrev.00032.2012
- Diekelmann S, Born J. The memory function of sleep. Nature Reviews Neuroscience. 2010. doi:10.1038/nrn2762
- Ohayon MM, et al. Meta-Analysis of Quantitative Sleep Parameters From Childhood to Old Age in Healthy Individuals. Sleep. 2004. doi:10.1093/sleep/27.7.1255
- Xie L, et al. Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science. 2013.(マウスモデル)doi:10.1126/science.1241224