こんにちは。風の環クリニック院長の中沼寛明です。
外来でいちばん多い訴えのひとつが、「これといった病気ではないのに、とにかく疲れる」です。血液検査も画像も大きな問題はない。それでも本人はつらい。救急・外科の現場では「異常なし=終了」でしたが、機能性医学では、ここからが本題になります。
今回はセルフチェックのシステム③、ミトコンドリア(細胞のエネルギー)を、少し専門的に掘り下げます。化合物の名前も出てきますが、結論を先にお伝えします。確かなことと、まだ分からないことを、はっきり分けてお話しします。
ミトコンドリアは、細胞の“発電所”
私たちの細胞ひとつひとつに、ミトコンドリアという小さな器官が数百から数千個入っています。仕事は発電です。食べたものと吸った酸素を材料に、ATPという「エネルギー通貨」をつくります。心臓も、脳も、筋肉も、このATPで動いています。
問題は、この発電が完璧ではない点です。発電の過程で、活性酸素種(ROS)という“火花”のような副産物が出ます。少量なら細胞の信号として役立ちますが、増えすぎるとミトコンドリア自身を傷つけます。傷ついた発電所はさらにROSを出し、また傷つく——こうした悪循環が想定されています(出典1)。
加齢とともに発電効率(酸化的リン酸化)が落ち、ATPが減り、ROSが増えやすくなる。これは複数の総説で繰り返し論じられている図式です(出典1)。2023年に整理された「老化の特徴(hallmarks of aging)」でも、ミトコンドリア機能の低下が一項目に挙げられています(出典2)。
ただし、ここで一線を引きます。これらの多くは「関連がある」「機序として考えられる」という段階で、「あなたの疲れの原因はミトコンドリアです」と個人に断定できるものではありません。
“なんとなく疲れる”との、慎重なつながり
疲労とミトコンドリアの関係で、比較的研究が進んでいるのが筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)です。この病態では、骨格筋でミトコンドリアの酸化ストレスやエネルギー調節の乱れが一貫して観察され、疲労や「動いた後にどっと重くなる感覚」への関与が指摘されています(出典3)。
これは重い病態の話で、日常の「なんとなくだるい」とイコールではありません。ただ、ミトコンドリアが疲労感の生理に関わりうるという方向性は、ここから示唆されます。
もうひとつの鍵が、加齢とともに減っていくNAD⁺という補酵素です。NAD⁺はミトコンドリアの発電に欠かせず、その低下が認知機能の低下やサルコペニア(筋肉の減少)、代謝の問題と関連づけて論じられています(出典4)。「NAD⁺を増やせば若返る」という期待が先行しがちな分野ですが、後述するとおり、ヒトでの結論はまだ出ていません。
発電所は、増やせる・鍛えられる
ここが、私がいちばんお伝えしたい希望です。ミトコンドリアは、生活の刺激に応じて数を増やし、質を上げる性質があります。鍵を握るのが、生合成の司令塔とされるPGC-1αという因子です。
PGC-1αを最も確実に動かす手段が、運動です。ランダム化試験を統合したメタ解析では、持久的な運動が骨格筋のPGC-1αを有意に高めると報告されています(試験間のばらつきは大きい点に留意は要ります)(出典5)。高強度を短く挟むインターバル運動(HIIT)も、同様の経路を介して効果を示しうるとされます(出典6)。「息が少し上がる運動」には、発電所を増やす意味があるわけです。
運動以外にも、研究が進む刺激があります。
- 温熱(サウナ様の加温):受動的な加温が骨格筋のミトコンドリア酵素活性や呼吸能を高めうる、という報告があります。ただし至適な温度・時間は未確立です(出典7)。
- 食事のリズム:肥満者を対象としたランダム化試験で、間欠的ファスティング・カロリー制限・ケトジェニック食が、自由に食べる群より細胞のエネルギー指標を高めたとされます。対象や評価系は限られます(出典8)。
これらは「適度な刺激がからだの適応を引き出す」という、機能性医学が大切にするホルミシスの考え方そのものです。ただしほどほどが肝心で、持病・服薬中・妊娠中の方には向き不向きがあります。サウナや断食を始める前に、一度ご相談ください。
栄養という、地味だが本質的な土台
発電所には材料が要ります。とくに次の栄養素は、ミトコンドリアの代謝に直接かかわると総説で整理されています。
- B群ビタミン(B2リボフラビン・B3ナイアシンなど):電子伝達系の酵素やNAD供給に必須。いずれかが欠乏すると発電が損なわれます(出典9)。
- マグネシウム:ATPはマグネシウムと結びついて働く、無機の補因子です(※この点は基礎生化学として確立しています)。
ここで大事な注釈です。これらが「欠乏している人」では補うことに意味があります。一方で、足りている人がさらに上乗せして発電が良くなるかは、別の話で、未確定です。だからこそ、闇雲なサプリではなく、まず食事——青魚、彩りのある野菜、海藻、きのこ、適量のたんぱく質——を土台に置きます。
NMN・NAD⁺ ― 期待と、正直な現在地
この分野で名前が独り歩きしているのが、NMNやNR(NAD⁺の前駆体)です。誠実に、分かっていることと分かっていないことを分けます。
分かってきていること:NMNの経口摂取が血中のNAD⁺濃度を用量依存的に上げることは、複数の試験とそのメタ解析で示唆されています(出典10)。短期間(数週間〜数か月)の摂取では、重い副作用なく概ね良好な忍容性が報告されています(ただし長期の安全性は未確立)(出典11)。
まだ分かっていないこと:肝心の「健康にどう効くか」です。前糖尿病の女性を対象にした小規模試験で筋肉のインスリン感受性が改善した可能性は示されましたが、被験者が少なく一般化はできません(出典12)。糖・脂質代謝に対しては、複数試験を統合したメタ解析で明確な改善は一貫して示されていません(出典13)。NR(別の前駆体)の高齢者試験でも、NAD⁺は増えたものの、ミトコンドリアの機能そのものの明確な改善は示されませんでした(出典14)。末梢動脈疾患を対象とした比較的大きな試験でも、臨床的な意義づけには検証が要るとされています(出典15)。
総説の結論は、こうです。動物では有望なシグナルがあるが、ヒトでの抗加齢・健康寿命への効果は、結果が不均一で限定的・不確実。寿命を延ばす、加齢関連の病気を防ぐ、という「ハードな結果」を示した質の高い証拠は、現時点では存在しません(出典16)。
院長として、正直に
私自身、NMNを試しています。発電所の生物学に説得力を感じ、自分のからだで観察してみたいからです。ただしヒトでの長期効果はまだ未確定で、過度な期待は禁物だと考えています。患者さんに「これで若返ります」とは申し上げません。私は、希望と未確定さの両方を抱えたまま、研究の進展を見ています。
日々できること
派手な化合物より、まず確実な土台から。今日から始められることを挙げます。
- 息が少し上がる運動を、週に数回。 早歩き・階段・軽い筋トレでも十分。発電所を増やす刺激になります。
- “食べない時間”をつくる。 夜遅い食事を控え、夕食から朝食まで間隔を空ける。無理のない範囲で。
- 材料を食事から。 青魚、彩りのある野菜、海藻、きのこ、適量のたんぱく質を毎日。
- 睡眠を整える。 規則的な就寝・起床、朝の光、涼しく暗い寝室。回復は夜つくられます。
- 温熱を、ほどほどに。 サウナや入浴で汗をかく習慣。持病・服薬中・妊娠中の方は事前にご相談を。
- サプリは、目的と体質を確かめてから。 とくにNMN等のNAD⁺前駆体は、効果も安全性も「これから」の分野です。医師の評価のうえで。
大切なお知らせ
この記事は、一般的な健康情報・考え方の紹介を目的としたもので、特定の効果を保証したり、個別の診断・治療を行うものではありません。記載の研究知見は現時点のもので、今後の研究で評価が変わる可能性があります。とくにNMN・NR(NAD⁺前駆体)については、ヒトでの長期的な安全性と抗加齢効果はまだ確立していません。サプリメント・断食・サウナ等の実践は、持病や体調により向き不向きがあり、医師の評価のうえで行うことをおすすめします。「なんとなく疲れる」が続くときは、甲状腺・貧血・睡眠時無呼吸・うつなど、評価すべき原因が隠れていることもあります。自己判断せず、医療機関にご相談ください。ご相談は診療内容・オンライン予約(melmo)から。
参考文献
- Somasundaram I, et al. Mitochondrial dysfunction and its association with age-related disorders. Frontiers in Physiology. 2024;15:1384966. doi:10.3389/fphys.2024.1384966
- Mitochondrial dysfunction and aging: multidimensional mechanisms and therapeutic strategies. Biogerontology. 2025.(López-Otín らの「老化の特徴」2023 を引用)doi:10.1007/s10522-025-10273-4
- Syed S, et al. Mitochondrial Dysfunction in Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome. Physiology (Bethesda). 2025. doi:10.1152/physiol.00056.2024
- Sorrentino V, et al. The role of NAD⁺ metabolism and its modulation of mitochondria in aging and disease. npj Metabolic Health and Disease. 2025. doi:10.1038/s44324-025-00067-0
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