こんにちは。風の環クリニック院長の中沼寛明です。
前回は、私がこのクリニックを開いた想いをお話ししました。今回はもう少し踏み込みます。いま私が最も関心を寄せているテーマ——「腸内環境」と健康のつながりを、できるだけやさしく、けれど科学の足場を外さずにお伝えします。なぜ腸なのか。外科医として長くおなかを開いてきた私自身の実感も、正直にまぜながら書きます。
おなかの中に住む、もうひとつの「臓器」
私たちのおなかの中には、数えきれないほどの細菌がすんでいます。この集まりを「腸内細菌叢(そう)」、英語では gut microbiome(ガット・マイクロバイオーム)と呼びます。その数はおよそ数十兆個。体じゅうの自分の細胞の数に匹敵するほどの“住人”が、大腸を中心にひしめいています。
外科医時代、私は手術でいくつもの腸を直接この手で触れてきました。教科書では腸を「消化吸収の管」と習います。でも実際の腸は、ただの通り道ではありません。免疫細胞が体の中で最も密に集まる場所であり、ホルモンや神経伝達物質に関わる物質を出し、脳とも信号をやり取りしています。近年の研究の進歩は、その腸を“もうひとつの臓器”として捉え直す方向へ進んでいます。長年おなかと向き合ってきた私にとっても、この十年の変化は驚くほどでした。
腸内環境は、歳とともに「変わっていく」
腸内細菌のバランスは、年齢とともに移ろっていくことが報告されています。27の研究をまとめた総説(レビュー)では、加齢にともない腸内細菌の多様性や種類が変化していくことが示されました(出典1)。生まれてから整い、成人期に安定し、高齢期にまた揺らいでいく——そんな大きな流れがあるようだ、ということです。
さらに興味深い報告があります。9,000人を超える大規模な調査では、中年以降に腸内環境が“その人らしく”個性的に変化していくパターンが、健康な歳の重ね方と関連していたと報告されました(出典2)。みんなが同じ理想形に近づくのではなく、ある種ばらけていく。その個性こそが健やかさの目印かもしれない、という見方です。世界各地の研究でも共通して、多様な腸内細菌——とくに体にやさしい働きをする物質をつくる菌——が、健やかな高齢期と関連して観察されています(出典3)。ここで一つ、誠実にお断りを。これらは「関連がある」という観察であって、「その菌がいれば健康になる」という証明ではありません。希望と誇張は、別のものとして扱う必要があります。
食べるものが、腸内環境を「動かす」
ではどうすれば、という話になりますよね。ここに希望があります。腸内環境は、生まれつき決まったものではなく、日々の食事によって変わりうるのです。
スタンフォード大学の研究チームが行った17週間の比較試験では、発酵食品(ヨーグルト、納豆、味噌、キムチなど)を多くとったグループで、腸内細菌の多様性が高まり、体内の炎症に関わる指標が下がったことが観察されました(出典4)。なぜ発酵食品なのか。一つの考え方として、菌そのものや、菌が食物繊維を食べてつくる物質が、腸の壁をいたわり、過剰な炎症をなだめる方向に働く可能性が議論されています。仕組みのすべてが解明されたわけではありません。
一方で、気をつけたい面もあります。超加工食品(一部のスナックや加工食品など)を多くとる食生活は、腸内細菌の多様性の低下や、腸のバリア機能の乱れと関連すると報告されています(出典5)。腸の壁は、必要なものを通し、入ってはいけないものをせき止める“門番”です。その門番がゆるむと、体は静かな炎症の状態に傾きやすいと考えられています。「何を足すか」と同じくらい、「何を減らすか」が大切——救急の現場で、生活の積み重ねが体に表れた患者さんを数多く診てきた私が、強く実感していることでもあります。
「腸」と「時間」は、つながっている
私が風の環クリニックで大切にしたいのは、まさにこの「腸(めぐり)」と「時間(健康寿命)」のつながりです。健康寿命とは、介助を必要とせず自分らしく過ごせる期間のこと。日本では平均寿命との間に、およそ10年前後の差があるとされています(厚生労働省の公表データに基づく一般的な傾向)。その差を少しでも縮めたい——これが私の願いです。
腸内環境は、一日で劇的に変わるものではありません。けれど、毎日の小さな選択の積み重ねが、少しずつ土台をつくっていきます。それは、これから先の長い時間を健やかに過ごすための、静かな投資のようなものだと私は考えています。
今日から、できること
むずかしく考えなくて大丈夫です。まずは、こんな小さな一歩から。
- 発酵食品を、いつもの食卓に一品。納豆、味噌汁、ヨーグルト、ぬか漬けなど、続けやすいものを。
- 野菜・豆・海藻など、食物繊維を意識して。菌たちの“ごはん”になります。
- 超加工食品やお菓子は、ゼロにせずとも「少し減らす」から。
- 一度に完璧を目指さない。腸の変化はゆっくり。週単位・月単位で見守る気持ちで。
体調やご病気で不安があるとき、食事制限を受けている方は、自己判断の前にかかりつけ医にご相談ください。次回は、「長寿医療とは何か/何ではないか」を、もう少し視野を広げてお話しする予定です。どうぞお付き合いください。
大切なお知らせ
この記事は、一般的な健康情報の提供を目的としたものであり、特定の効果を保証したり、個別の診断・治療を行うものではありません。体調やご病気に関するご心配がある場合は、医療機関にご相談ください。ご相談・オンライン診療については診療内容・オンライン予約(melmo)をご覧ください。
参考文献(PubMedより)
- Badal VD, et al. Nutrients. 2020. doi:10.3390/nu12123759
- Wilmanski T, et al. Nature Metabolism. 2021. doi:10.1038/s42255-021-00348-0
- Bradley E, Haran J. Gut Microbes. 2024. doi:10.1080/19490976.2024.2359677
- Wastyk HC, et al. Cell. 2021. doi:10.1016/j.cell.2021.06.019
- Rondinella D, et al. Nutrients. 2025. doi:10.3390/nu17050859